
依田勉三≠チて皆さん知っていますか・・・
そう、北海道十勝≠ノ住む人なら誰でも知っている我が十勝・帯広の「開拓の祖」と云わ れる人物です。でも最近の若い人の中には「依田勉三 って誰 ! 知らないーぃ何した人!」なんていう若者もいてちょっとビックリ !
その依田勉三翁≠フ苦難と壮絶な開拓・開墾の様子を描いた映画が今年6月に全国で上映されるそうです。
映画の題名は
新しい風若き日の依田勉三
私たちが今のこの豊かな時代を享受できる基礎・礎となった十勝の開拓の祖依田勉三翁=B
十勝地方に数多く建立されている依田勉三翁≠フ記念碑とその関連する記念碑等を6月の全国一斉のロードショウの前に訪ね、そして先人の苦労を偲ぼうと企画をたててみました。
もちろん、映画は封切り初日、朝イチで見るつもりです。この企画を立てたおかげできっと映画のほうも三倍楽しめるんじゃないかと今から楽しみにしているタンコたちです。もちろん映画の代金はリーズナブル「シニヤ特割り1.000エン!」(但し60歳以上・・・)
もしこのページをお読みになって我が北海道・十勝の開拓の祖依田勉三翁≠ノ興味をお持ちになりましたらぜひ新しい風−若き日の依田勉三−の映画を見ていただけたらうれしいです。
依田勉三翁は嘉永6年(1853)黒船到来の年に現在の静岡県松崎町大沢の旧家「依田家」の3男に生まれました。なお案内は「何か探し隊」のタンコでーす。ヨロシクネ !
明治16年(1883)4月10日依田勉三∞渡邊 勝∞鈴木銃太郎≠27人13戸でオベリベリ(現在の帯広)に開拓に入いりました。開拓団の名前は「晩成社」。
何度も冷害やバッタの大群、野ねずみ襲来など想像絶する苦難の開墾生活を送りましたが苦労が報われず開拓は最後まで失敗に終わったそうです。
しかしその後の十勝の農業、産業等に多大な礎を残してくれました。
北海道の多くは官主導の下で屯田兵によって開拓をされたのですが、十勝での開拓は民間主導でなされ、自由闊達なパイオニア精神そして開拓魂を依田勉三翁から受け継がれ現在の十勝に脈々と息づいております。
右上の写真は明治16年4月9日横浜本通の鈴木写真館で開拓団と集合写真を撮った後、いつどこで用意したのか自分ひとりで乞食を真似た服装、すり切れた草鞋、つぎはぎだらけの腿引き、煮しめた手拭、破れたムシロ、それらを身につけ、折れた箸を握り、欠けた茶碗を前に置き『たとえ、こんな姿になっても、わしは一念をとおす』ときっとして顔をあげた瞬間に写された写真だそうです。ヘァーもウェーブが 付いていてすっごくオシャレ〜って感じ !
さすがぁー勉三翁ですね。 タンコ負けたわ ! バッチリ ! パフォーマンスってとこですかねぇ。
尚、静岡県の松崎町と帯広市はその関係で強固な姉妹都市≠結んでおります。
映画「新しい風」のホームページ![]()
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